Vol.7 河野竜生さん

列伝第7回

 

 

◆ドラフト会議で名前が呼ばれたときの率直な感想をお聞かせください。
正直どこの球団に決まるとか何位で指名されるとか全くわからなかったので、いつ呼ばれるのだろうっていう感覚ではいましたけど、思っていたよりも早く指名していただきました。最初は「よっしゃ!」とも思わず、頭が真っ白になるわけでもなく、普通に「あ、呼ばれたな」っていうぐらいの感じではありました。ただ、見たことないくらいの報道陣がいたので、名前が呼ばれホッとしました。

◆北海道日本ハムファイターズの歴代ドラフト1位はダルビッシュ有選手や大谷翔平選手といった錚々(そうそう)たる先輩方がいらっしゃいますけど、そのあたりで感じられることはありますか。
北海道日本ハムファイターズの歴代のドラフト1位は本当に凄い選手ばかりなので、その中の1人が僕でいいのかなって思いますけど、選ばれた以上は自信をもって堂々とプレーしていきたいです。

◆入団会見のとき実際にお会いされた栗山監督の印象はどうですか。
お会いする前までのテレビで見ていた印象では、優しそうな人だなって印象はありました。けど、実際会ってお話させてもらったときに、「やってもらわないと困るよ」という声もかけていただいたので、穏やかに見えて本当は熱い思いを持っている人だなと感じました。

◆杉内俊哉投手(元巨人)を参考にされていることをお聞きしたのですが、参考にされている部分はどのようなところですか。
僕と同じで杉内投手はあまり身体が大きくないんです。ただ、杉内投手のキレ・制球力は本当に素晴らしくて球界を代表する投手の1人だったので、そこは自分も目標としてやっていきたいなと思います。

◆プロに入って一番対戦してみたい選手はどなたになりますか。
福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手です。僕は広島の社会人出身で、柳田選手も広島出身であり、左打者なので、左投手の自分からしたら左打者には打たれてはいけないと思っています。球界を代表する凄い左打者なので、そういうバッターを抑えないとプロでは通用しないと思っていますし、プロではたくさん良いバッターがいますけど、挙げるとしたら柳田選手です。

◆野球を始めたきっかけやどんな野球少年だったか教えてください。
3つ上の兄が小学1年生から野球を始めたのですが、兄が好きだったから一緒に練習について行っていたのがきっかけです。まあついて行っても砂場で遊んでいたりして、最初は野球に興味がなかったです。ただ、父も兄も野球していましたし、母方の祖父も野球が好きで、子どもながらに空気を読んだのかもしれないですね(笑)。

◆小学校・中学校時代の指導者に言われたことで覚えている言葉や印象に残っている言葉はありますか。
やはり小学校時代に監督でもあった父の言葉です。自分はコントロールがあまり良くなかったので、カウントが悪くなりストライクが欲しいときに、力を抜いてストライクを取りにいったことがありました。その時に父から凄く怒られて「ボールでもいいから思いっきり投げろ!それでは上のレベルでは通用しないぞ!」と言われて、それからはどんなにカウントが悪くてもボールになってもいいから思いっきり投げようと思うようになりました。社会人になってストライクが欲しいなって思ってもその言葉がよみがえってくるぐらい染みついているので、それを軸にピッチングができています。本当に良い言葉をかけてもらったと思います。

◆高校時代3度甲子園を経験されていますが、一番印象に残っている試合やプレーはありますか。
3年生のときの甲子園初戦です。1年生から投げさせていただいたのですが、1・2年生と初戦敗退で、どうしたら勝てるんだろうとすごく考えたこともあったので、3年生になってチーム一丸で掴んだ1勝というのはずっと覚えています。その年はベスト8まで勝ち上がったのですが、2回戦でその年の春の選抜で優勝した智弁学園高校と対戦したんです。僕もチームメイトも勝てると思っていなかったので、みんな試合の前日に荷づくりして帰る用意をしていました(笑)。勝つことができたので荷ほどきして、また3回戦前日に荷づくりしての繰り返しでしたね。

◆夏の甲子園の先発マウンドを3年連続経験しているのは河野選手を含めて史上5人しかいないという貴重な経験だと思いますが、3年間甲子園の舞台に立てたことへの思いはありますか。
鳴門高校野球部の同級生にもピッチャーが7、8人と多く、その中で1番になりたいなと思っていて、それがあってみんなで切磋琢磨して頑張ってこれたことが3年連続先発という形になったと思います。森脇監督・コーチをはじめチームメイトにも自分はすごく恵まれて、一緒に野球ができて良かったです。

◆鳴門高校野球部の森脇監督はどんな方ですか。
当時は本当に厳しくて、対戦相手というよりも対監督とチームが考えてしまうくらいの存在でした。それくらい厳しい方ではありましたけど、社会人になってからは、鳴門に帰ってくると色んな話を森脇監督は聞いてくれますし、本当に良い監督だったなと思います。

◆高校を卒業されて大学へ進学せずに社会人という道を選ばれた理由を教えてください。
高校からプロに行きたいという思いを持っていましたが、他校の同学年には素晴らしいピッチャーが多くて、今この人たちとプロに行っても自分はなかなか試合に出ることができないと思いました。ただ大学に進学しても、あまり練習が好きではないので大学4年間を真剣に野球と向き合えるかなって考えたときに、やっぱり社会人に行ったほうがお金も貰いながらするので自覚も出てくると思いましたし、プロに近いレベルでプレーしたいとも思っていたので、社会人を選びました。

◆座右の銘にしている言葉や好きな言葉はありますか。
「負けん気」っていうのは常に持っています。どの選手に対しても負けたくないっていう気持ちはあるので、そういう思いを持ってプロでもやっていきたいです。

◆社会人で鳴門から離れてみて、鳴門の良さを実感することはありますか。
市内を歩いたり自転車で走っていると、鳴門高校の応援帽子を被っている人がいたり、グラウンドの周りでも応援してもらったりだとか、僕たち野球選手は周りの人たちの応援がないとモチベーションも上がってこないと思いますし、その中でやれたことが良かったと思います。両親をはじめ色んな人に支えてもらったので、次は自分が活躍して支えられるようになりたいです。

◆鳴門市の野球少年や、鳴門高校の後輩に向けて、どういった野球人生を過ごしてほしいなどのメッセージをお願いします。
まずは後悔無く、最後までやり切って欲しいです。厳しくてきつい練習もあるとは思いますけど、本当に最後までやり切って欲しいなと思います。自分もあのときもう少し頑張っておけばよかったなっていう後悔もあったので、そういう後悔をしないでほしいなと思います。プロ野球選手というのは身体が大きければなれる可能性は高いですけど、僕みたいな小さな身体でもプロで活躍できるんだっていうところを見せたいなっていう思いもあります。いま自分たちが持っている目標を達成するために必死で頑張ってほしいなと思います。

 

Vol.7 河野竜生さん

河野 竜生(かわの りゅうせい)/プロ野球選手
1998年5月20日生まれ。鳴門市出身。林崎小学校→鳴門市第二中学校→鳴門高校→JFE西日本。2019年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。高校時代には、3年連続夏の甲子園に出場し、3年生の夏はベスト8進出。高校卒業後、JFE西日本硬式野球部に所属し、社会人野球日本選手権大会で準優勝を果たし敢闘賞を受賞。さらに、日本野球連盟中国地区連盟最優秀選手にも2年連続で選出された。

 

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