Vol.2 森脇稔さん

列伝第2回

 

◆先日の第100回全国高校野球選手権記念大会(徳島県大会を含む)を振り返ってみてどうでしたか。
徳島県大会に関しては、なかなか近年にはない厳しい戦いでしたが、思った以上に子どもたちが頑張ってくれました。過去にも最終回で逆転する試合はいくつかありましたが、今夏のような劇的な勝ち方をもう1回しろと言われたら難しいですし、記憶に残る夏になりましたね。また、私自身子どもたちには計り知れない力があることを改めて勉強させていただきました。 甲子園大会(以下「甲子園」)に関しては、初戦の相手が花咲徳栄高校と決まった後、周りの人たちからは前回優勝校なら勝てなくても仕方がないと言われましたが、選手は年々違うこともあり、映像を見て分析したところ、決して勝てない相手ではないと思っていました。結果は、残念ながら逆転負けという形になってしまい、徳島県大会のようにはいきませんでしたが。

◆甲子園では惜しくも負けてしまいましたが、徳島県大会での2度の逆転サヨナラ勝ちは日々の練習の成果が出たのでしょうか。
そうですね。ただ、日々の厳しい練習の積み重ねが子どもたちの最後の踏ん張る力になって、今回の劇的な逆転サヨナラ勝ちに繋がったのかなと思います。また、そういう力が出せるように私たちが指導すべきなのだと思いますね。それに、子どもたちからすれば、県内の他校よりも練習をしている分、絶対に負けたくないという気持ちは強いでしょうね。あとは、勝たなくてはいけないというプレッシャーはあると思います。私が子どもたちによく言うことですが、「先輩たちが何十年間と築き上げてきたところに、君たちは入部してきている。それだけで満足しては駄目であって、君たちは君たちの力で新たな伝統を作るという意識がないと駄目だ」と。県内では他校の選手たちが自分たちに向かってくるわけだから、それをはね返すためには、それ以上のことをやっていかなくてはならないと言っています。そういったことを子どもたちの心に訴えかけられるように日々心がけています。

◆指導方法についてどのような考えがありますか。
子どもたちを褒めることは正直少ないです。よく褒めて育てるという言葉を聞きますが、そのような環境で育った子どもたちが、厳しい社会に出たときに上手くやっていけるのかなと思います。つまり、厳しい中でそれに耐えるじゃないですけれど、逆境の中で自分を極めていく方が私は良いのかなと思って厳しい指導をしております。人間って楽なことをしてきて急に厳しいことはなかなか出来ないんですよ。逆に、厳しいことをしてきて楽なことは出来るんですよね。それに、甘やかすことは簡単かもしれませんが、それでは打たれ弱くなると思います。だから、今の子は打たれ弱い子が多い傾向にあるのだと思います。叱られ慣れていないから打たれ弱い。褒めて育てることはもちろん良いことですけれど、私はある程度厳しくする中で褒めることが子どもたちには良いと思っています。普段は厳しいですが、ふとしたときに褒められたら「お!頑張ろう」ってなると思うんです。人それぞれ考え方は違いますし、一概にどれが正しいとかは言えませんが、私の中ではまだそういう考え方が強いのでそのように指導しています。それもあって、教え子たちが大学や社会に出ても途中で辞めたりしていないですし、「高校の方が厳しかった」「監督以上に怒られることはない」とよく言われます。私自身は嫌われても、子どもたちの身になるようにしてあげないと駄目なのかなと。嫌われ役になるのは当たり前だと思います。それと、子どもたちには“あたりまえ”のレベルを上げるように指導しています。

◆高校野球の監督になろうと思ったのはいつごろですか。
高校生のときに漠然と考えはじめました。その後、法政大学に進学し硬式野球部に入部したのですが、当時、私自身少しでもチームに貢献したいという気持ちがあり、周りからの勧めもあったため1年生の夏にマネージャーに転向しました。大学のマネージャーは、高校のマネージャーとは違い、監督に付いてチームの運営に携わります。会社でいうところの経営ですね。大学では、監督の次にマネージャーがいて、その次にキャプテンの位置付けになります。当時は、私の学年ではマネージャーは私1人だけでしたので、 休みもほとんどなくて大変でした。そういう経験もあって高校野球の監督になりました。

◆大学時代の経験が今の指導等にいきていますか。
大学時代にチームのマネジメントを学んだことは役に立っていると思いますが、一番大きいのは人脈ができたことですね。子どもたちが野球を一生懸命頑張っても、進む先をしっかりしてあげないとそのまた先もなかなか難しいので。個人の力やチームの成績にもよりますが、その子に合うところへ送り出してあげることも監督としての役目ですから。今は、子どもたちが進んだ先で一生懸命頑張ってくれたおかげもあって、以前よりも信頼関係や人脈がさらに築けて次へと繋がっています。

◆監督として最も大事にしていることは何ですか。
地道にコツコツですね。鳴門高校の校歌の一節に「岩をも砕く不断の力」という言葉があります。また、これによく似た言葉として「継続は力なり」ということで、地道なことをどれだけ継続してできるかどうかが、最後の粘りに繋がってきます。特に派手なことをする訳ではなく、地道にコツコツすることによって子どもたちの気持ちもしっかりしてくると思います。そして、監督自身が粘り強く、あきらめず、根気強く指導することだと思います。また、試合ではその積み重ねたものを全て出し切れるよう“笑顔”で臨めと子どもたちに声をかけるようにしています。

◆普段の学校生活の先生と部活動での監督では違いますか。
学校も厳しいときは厳しいですよ。子どもたちには、グラウンドに来てユニフォームを着たら闘争心を出して勝負の目つきになれと教えています。逆に、制服を着ているときはおとなしくいるようにと。制服を着て闘争心むき出しの人は危ないだろうと、たまには冗談っぽく言ったりもしています(笑)。

◆1985年に初めて監督に就任された頃と現在の監督を比べると何か大きく変わられたところはありますか。
子どもたちとの関係ですかね。監督就任当初は、子どもたちとの関係が一方通行なところがありました。当時は、他の監督も基本的にそうだったと思いますが、子どもたちと話をするのは叱るときだけでしたから。現在は、当時と比べて子どもたちと話をする機会は多くなったと思います。

◆就任当初の頃よりここ数年の方が、甲子園への出場回数も増え、成果として表れていますが、このことについてどう思われますか。
私が初めて鳴門高校硬式野球部の監督に就任したときの教え子が現在もコーチとして来てくれており、そういった教え子やOBの方たちのバックアップのおかげで勝てるようになったと考えております。また、これも子どもたちには常々言っていることなのですが、「決して自分たちの力だけで甲子園に出場できる訳ではなく、全国にいる鳴門高校のOBの方や周りの人たちがたくさん応援してくれているから甲子園に出場できている」「寄付していただいて買った道具も大切に扱うように」と。そういう感謝の思いを常々持っておくように子どもたちには教えています。

◆市民の方へメッセージをお願いします。
いつも応援していただいて非常に感謝しております。ただ、皆さんの応援に応えられるような結果を出すことができなかったので、応援してくださる皆さんが盛り上がれるような試合をもっと甲子園で見せることができたらと思っています。また、全国に鳴門の名前を広めていけるよう頑張っていきたいと思いますので、今後とも引き続き、応援よろしくお願いします。

◆最後にこれからの目標についてお聞かせください。
全国制覇ですね。そのためには、まず全国で勝てるチームを作る必要があります。チームには、選手はもちろんのこと我々スタッフも含まれます。鳴門高校にはいませんが、甲子園に行くと専属のトレーナーやトレーニングコーチがいる高校がたくさん出場しています。そういった部分も今後考えていく必要がありますね。甲子園出場校のうち数少ない公立高校としてぜひ勝ち上がって、他校の見本になっていけたらと思います。

森脇 稔(もりわき みのる)/鳴門高校硬式野球部監督・教員
1961年4月7日生まれ。鳴門市出身。黒崎小学校→鳴門第一中学校→鳴門高校→法政大学。高校では硬式野球部キャプテンとして活躍し、大学では硬式野球部マネージャーとしてチームを支える。1985年4月~1995年3月鳴門高校硬式野球部監督。人事異動を経て2007年4月~同校硬式野球部監督に復帰。2010年夏の甲子園に初出場。2018年までに甲子園に春2回、夏7回出場。2011年秋には明治神宮野球大会に出場。2012年春と2013、2016年夏にはベスト8入り(13、16年には国体ベスト4入り)を果たす。

 

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