有形文化財絵画 桑島八幡神社の大絵馬

種別 有形文化財(絵画)
名称 桑島八幡神社の大絵馬
員数 1点
所有者 桑島八幡神社
年代 明治時代
指定の理由及び文化財的特徴

鳴門市でも最大級の絵馬である。民衆の乱舞が力強く描かれていて、当時の風俗・生活文化・芸能などを考える上で貴重である。絵の内容が地域に密着していて歴史的価値が高い。

額仕立て
幕末の慶応三年(一八六七)に盛行した、「ええじゃないか」踊りを題材にした絵馬と考えられる。左上に桑島八幡神社と推定される社が描かれていて、踊り子はこの社に向かって踊り込んでいる。また、中央の上方に谷田屋(谷家)の紋の入った千石船があり、神社とともに地元の風物を織り込んだ絵であることを示している。下方全面に大きく多数の踊り子が描かれており、全体に幕末頃の踊りの状態をよく描いていると考えられる。図中には仮装した七福神も含まれている。踊り子に交じって、お札・ひしゃく・ひょうたん・笹などが描かれていて、「ええじゃないか」踊りであることを示している。

右肩には賛と思われる文字が見られるが、傷みがひどくて読みづらい。雨に当てたためか、胡粉の剥落も見られる。左下には徳島恒山の署名と落款があり、阿波の絵師三木恒山と考えられる。なお、絵馬の裏側には墨書きで画面いっぱいに龍の絵が描かれており、左側に「登志也」の文字が大きく書かれ、その横にも判読不明の文字列がある。また、額の下面に奉納者五六名の氏名が記載されている。(参考)画家三木恒山(みきこうざん)は、文化八年に、現在の海部郡牟岐町に生まれた。京都に出て医業を学ぶ傍ら岸駒について画を学び、のち、医業をやめて画に専念した。虎および人物に秀でたといわれる。その後諸国を遊歴し画技を磨いた。明治一七年東京の内国絵画共進会等に出品し褒賞を得た。明治24年4月17日小松島の自邸で没。年81歳。

写真

所在地 撫養町大桑島