有形文化財歴史資料 伝万七の墓碑

種別 有形文化財(歴史資料)
名称 伝万七の墓碑
員数 1件
所有者 東林院
年代 江戸時代
指定の理由及び文化財的特徴  伝万七の墓碑は、総高51.0cmを測る砂岩製の尖頂舟形墓標で、江戸時代以降広く一般的に造立される墓標である。形状は、尖った頂部を成し、背面を舟底状に仕上げた一石彫成の石造物である。正面は、上部に花頭をもつ枠を設けて平坦に彫り窪め、その枠内に銘文を刻んでいる。また銘文は、梵字「ア」・紀年銘「天明四年辰 閏正月廿五日」・被葬者戒名「満月浄證」が刻まれている。さらに、その枠外下部に俗名とみられる「万七」の名が刻まれており、舟形墓標の正面に戒名と俗名が併記された稀少な事例であることが特徴に挙げられる。
 大谷焼の研究家、豊田進氏の研究では、鳴門市指定有形文化財(古文書)「納田古記録」の諸史料における記載を元に、「天明四年 東林院過去帳」と墓碑銘から「満月浄證」を「万七」と特定した上で、大谷での陶業を創始したと伝えられてきた文右衛門と、九州からの来歴が共通する点から推測して同一人物に位置付けているが、現在、これを裏付ける根拠史料はない。
 しかしながら、大谷焼の創業関係者のものとして、地元で長らく守られてきた万七の墓碑は、地域の歴史を窺うことのできる資料として価値がある。
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所在地 大麻町大谷