なると第九を彩る郷土の宝

ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会

ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会は、鳴門市の板東俘虜収容所内でドイツ兵捕虜によって、1918年6月1日にアジアで初めて「第九」が全曲演奏されたこと、また、鳴門市文化会館の落成を記念して、1982年から市民を中心に開催している演奏会です。現在では、6月第一日曜日に開催しており、国内外から多数の合唱団を集め、約600人の大合唱がホールいっぱいに響き渡ります。

【NPO法人鳴門「第九」を歌う会】※外部サイト

第32回ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会
   ▲第32回ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会

美術館で「なるとの第九」

美術館で「なるとの第九」は、バティカンのシスティーナ礼拝堂を陶板で立体再現した、大塚国際美術館システィーナ・ホールで2011年より開催している「第九」演奏会です。6月第一日曜日に開催する「第九」演奏会の次の日に行われ、全国屈指の美術館での演奏会ということもあって出演者・来場者ともに人気を博しています。

【大塚国際美術館】※外部サイト

第1回美術館で「なるとの第九」
  ▲第1回美術館で「なるとの第九」

ドイツ・リューネブルク市との交流

製塩のまちとして栄え、優れた観光資源を持ち、人口などの都市規模がほぼ等しいなど、鳴門市と類似点の多いリューネブルク市。1974年4月に姉妹都市盟約を締結して以来、 親善使節団を結成してお互いのまちを訪問し合うなど、市民主体の交流を展開しています。さらに、小さな使節団として小中学生の派遣のほか、文化・芸術などの分野でも、有意義な交流が続けられています。

第20回鳴門市姉妹都市親善使節団
  ▲第20回鳴門市姉妹都市親善使節団

第19回リュ市姉妹都市親善使節団
  ▲第19回リュ市姉妹都市親善使節団

【姉妹都市ドイツ・リューネブルク市】

鳴門市友好コスモス祭り

鳴門市友好コスモス祭りは、10月上旬~11月上旬までの約1ヶ月間、当時の板東俘虜収容所に植えられていたと言われるコスモスを市内に咲かせるという市民手作りのイベントで、市内40ヶ所以上で、コスモス畑が出現します。また、期間中に交流接待所を開設し、湯茶等のお接待を行っています。 また、リューネブルク市からの親善使節団が来鳴した際には、コスモスを通した交流も行っています。

コスモス交流の様子1
  ▲コスモス交流の様子1

コスモス交流の様子2
  ▲コスモス交流の様子2

【鳴門市友好コスモス祭り】

鳴門市ドイツ館

鳴門市ドイツ館は、板東俘虜収容所での出来事を後世に伝えるため、また鳴門市における国際交流の拠点として1972年に建設された旧ドイツ館を、1993年に移転・新築させた新しいドイツ館です。

館には、当時の貴重な資料が数多く保存されており、映像・模型・ジオラマ・ロボットなど、様々な設備があります。

【鳴門市ドイツ館】

鳴門市ドイツ館前で開催した第13回ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会
  ▲鳴門市ドイツ館前で開催した第13回ベートーヴェン「第九」交響曲演奏会

ベートーヴェン像

ベートーヴェン像は、「第九」作曲者ベートーヴェンの像で、鳴門市ドイツ館の正面にあります。1997年に鳴門市制50周年を記念し、ドイツ人彫刻家ペーター・クッシェル氏により制作されました。また、像の裏には、「第九」アジア初演80周年と95周年時の「第九」演奏会の記念陶板を設置しています。

ベートーヴェン像
  ▲ベートーヴェン像

ばんどうの鐘

ばんどうの鐘は、標高120mの丸山山頂に、日独友好と恒久平和のシンボルタワーとして、鳴門市が建設しました。この建設には、元ドイツ兵捕虜と、その遺族をはじめ多数の方々からの浄財を経費の一部としました。また、この鐘は、在日ドイツ商工会議所の協力により、ドイツ産業連盟がドイツ連邦共和国で鋳造し、鳴門市に寄附されたもので、ルフトハンザドイツ航空の好意により空輸されました。

ばんどうの鐘
  ▲ばんどうの鐘

鳴門市賀川豊彦記念館

鳴門市賀川豊彦記念館は、ガンジー・シュバイツァーとともに、世界三大偉人と称される賀川豊彦(1886-1960)について学べるよう、ドイツ館に隣接して創られたものです。賀川豊彦は友愛・互助・平和を説き、貧しい人達や弱い立場の人達のために、さまざまな社会運動や協同組合運動を中心とする平和運動に力を尽した実行の人です。
 記念館は、船本牧舎を模して創られており、船本牧舎とは、ドイツ兵捕虜が設計し地元大工が協力して建て、養豚や酪農の指導が行われた場所で、戦後は賀川豊彦がふるさとの農民のために、農民福音学校を開いていました。

【鳴門市賀川豊彦記念館】※外部サイト

鳴門市賀川豊彦記念館
  ▲鳴門市賀川豊彦記念館

道の駅「第九の里」

道の駅「第九の里」は、国登録有形文化財に指定されたバラッケ(板東俘虜収容所の兵舎)の部材が物産館の天井の梁に使われている建物です。なかでは、鳴門市の名産品が販売されているだけでなく、本場さながらのソーセージも味わうことができます。

【道の駅「第九の里」】

道の駅「第九の里」
  ▲道の駅「第九の里」

ドイツ村公園(板東俘虜収容所跡地)

ドイツ村公園は、板東俘虜収容所があった場所を人々の憩いの場として公園に作り替えた場所です。入口には当時を彷彿される門があり、園内には、当時のバラッケの基礎などが残っています。

ドイツ村公園正面入口
  ▲ドイツ村公園正面入口

ドイツ兵慰霊碑

ドイツ兵慰霊碑は、ドイツ村公園の正面右奥に建っている二つの慰霊碑です。新しい慰霊碑は、全国の収容所で亡くなった87人のドイツ兵捕虜のための合同慰霊碑で、1976年に完成しました。古い慰霊碑は、帰国を前にドイツ兵捕虜が1919年に建てたもので、現在の鳴門市とドイツとの交流復活のシンボルとされており、徳島県文化財指定史跡となっています。

ドイツ兵捕虜合同慰霊碑
  ▲ドイツ兵捕虜合同慰霊碑

板東俘虜収容所ドイツ兵捕虜慰霊碑
  ▲板東俘虜収容所ドイツ兵捕虜慰霊碑

赤十字ゆかりの地モニュメント

赤十字ゆかりの地モニュメントは、日本赤十字社徳島県支部によって2011年9月にドイツ村公園の正面左奥に設置されました。モニュメントには、「国境を越えた 博愛の心が ここにあった」と記されています。これは第一次世界大戦当時、板東俘虜収容所のドイツ兵捕虜たちが、ロシアのウラジオストックに収容されている仲間を思いやり、救済のためにチャリティー演奏会を開催した史実を基にしています。
 その当時の「赤十字マーク」が入ったポスターをモチーフに制作されたモニュメントは、板東俘虜収容所での施設運営に脈々と流れていた赤十字の人道精神や、この地で展開された人道的な史実を後世に伝えています。

【赤十字ゆかりの地】※外部サイト

赤十字ゆかりの地モニュメント
  ▲赤十字ゆかりの地モニュメント

ドイツ橋・めがね橋

ドイツ橋・めがね橋は、霊山寺裏の大麻比古神社奥にある、ドイツ兵捕虜が当時に作った橋であり、地元民のために作られたものだと言われています。ドイツ橋は、徳島県文化財指定史跡となっています。

めがね橋
  ▲めがね橋

ドイツ橋
  ▲ドイツ橋

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