鳴門市のなりたちと地勢

市のなりたち

鳴門市の地形

鳴門市内には、原始から古代にかけての文化のあけぼのを物語る遺跡が数多く残されています。

7世紀の大化の改新で国・郡・里の制度が整えられたころ、市域は阿波国板野郡に属していました。

室町時代には細川氏が、戦国時代には三好氏が阿波を支配。市内には林崎城・木津城・土佐泊城などが築かれました。

天正13年(1585年)には、蜂須賀家政が領主となり妙見山上に撫養城(岡崎城)を築き、林崎浦はその城下町として発展しました。

明治22年に町村制が敷かれ、市域内に撫養町と里浦・嗚門・瀬戸・大津・北灘・堀江・板東の7か村が生まれ、翌年から板野郡に含まれました。

昭和22年、撫養町・里浦村・鳴門町・瀬戸町の4か町村が合併し、人口43,000人の嗚南市が誕生。2カ月後、市名を鳴門市に改称しました。

その後、広域行政を進めるために昭和30年に大津村を、翌31年に北灘村を、さらに42年に大麻町を編入して現在の市域となりました。

 

 

市の地勢

鳴門市全域図

位置  北緯 34度10分09秒 東経 134度36分40秒

広ぼう 東西 19.25km 南北 13.52km

面積  135.66km2

(平成29年10月1日現在)

 

当市は四国の東部、徳島県の東北端に位置しており鳴門海峡をへだてて淡路島に対峙し、本州と結ぶ四国の東玄関をなしている。特に当市の北部は瀬戸内海国立公園に指定され、北に播磨灘、東に紀伊水道をのぞみ、鳴門海峡の急流と逆巻く渦潮でその名を知られた景勝地である。平成10年に神戸淡路鳴門自動車道が開通、さらに平成14年には高松自動車道が全線開通したことから、四国・本州の交流拠点都市として、恵まれた自然や歴史、文化などの観光資源を有機的に結んだ広域観光誘致事業を展開するとともに、全国的にも高い評価を受ける「鯛」「ワカメ」「さつまいも」「塩」など数多い地域特産物の供給基地としての体制づくりを進めています。