島田小が3月末で休校に

 瀬戸町中島田の島田小学校が近年の少子高齢化などの影響を受け、児童数が減少し、3月末で一度その歴史を閉じ、休校となります。明治10年に開校し、これまで132年間、地域教育の拠点として、地域とともに子どもたちを育て、正確な記録がある大正元年からでも今年度を入れると1094名の卒業生を輩出してきました。ここでは同校の歩みを振り返りました。

小学校は地域で支え地域の拠点

 島田小学校は学制が明治5年に交付されて間もない明治10年に地域の北田作太郎さんが自宅を仮教場として提供され、島田小学校の前身(気田小学校)が創立されました。以来、地域住民が折りにふれ寄付や学校備品を寄贈するなど、児童数室地区にあった室分校は少ないながらも地域が小学校を盛り立ててきました。

 また、住民も参加できる運動会や地区芸能大会も開催されるなど、小学校は島田島住民が集う拠点としての役割を果たしてきました。

近年は児童数急減

 児童数は明治14年の記録では30名でしたが、次第に子弟に対する就学義務意識が浸透、人口も増える中で明治の末ごろから昭和23年までは100名を超えていました。とくに大正9年がピークで129名になり、1学年20人を超えていました。

グラフ
 しかし、戦後は島を離れたり都会に就職したりする住民も増え、急速に児童数も減少。さらに近年は少子高齢化が進む中で児童数も激減し、今年度の6年生1名が卒業すると、入学する児童の見込みもなく、休校が決まりました。

◆島田小の歩み◆

明治10年8月30日 中島田浦村17の北田作太郎宅を仮教場として創立。小島田・中島田浦・大島田・室・撫佐・北泊を校区とし気田小学校と称した。
明治19年10月 島田簡易小学校と改称。修業年限は3か年
明治27年10月 瀬戸村立島田尋常小学校と改称
明治33年4月1日 北泊村の児童は北泊尋常小学校へ
明治37年3月 校舎を中島田浦村根木谷2に新築。
明治42年5月18日 室村字田の浦に室分教場を設置 31名1学級。室・撫佐両村の児童が通学。5・6年生は本校へ。
昭和6年の運動会
大正15年 瀬戸町立島田尋常小学校と改称
昭和10年4月 1教室を増築
昭和16年4月1日 瀬戸町島田国民学校と改称
昭和22年5月15日 鳴門市島田小学校と改称
昭和24年2月22日 市費90万円、地元寄付20万円で新校舎改築、運動場拡張
昭和25年4月 室分教場を室分校と改称
昭和29年8月 室分校の校舎・教員住宅を改築
昭和32年10月5日 創立80周年記念式典 運動会を開催
昭和34年4月1日 へき地指定校1級地に
昭和35年3月14日 講堂兼へき地集会室竣工
昭和39年昭和50年頃の旧校舎前での運動会7月20日 特別教室等を整備
昭和43年10月 校歌制定
昭和44年4月 文部省へき地教育研究指定校 
昭和45年11月28日 へき地教育研究発表会 
昭和46年8月 島田島スカイライン開通
昭和48年11月8日 全国へき地教育研究大会の分科会場に。複式理科学習指導を公開
昭和56年3月26日 室分校閉校
昭和56年7月10日 中島田字北田36に新校舎落成 
昭和57年3月18日 屋内運動場完成
昭和57年11月6日 新校舎落成式 創立百周年記念式挙行 7日 百周年記念学習発表会・地区芸能大会開催
昭和59年7月 プール完成
平成14年1月1日 へき地学校の級地が準地から特地に
平成19年12月2日 少年兵救助之図モニュメント完了式
平成22年3月14日 休校式



問い合わせ:秘書広報課
〒772−8501 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜170
TEL:088−684−1118
E-mail:hisyokoho@city.naruto.lg.jp