鳴門市ドイツ館館報
Ruhe(ルーエ やすらぎ)
発行者
鳴門市ドイツ館
〒779−0225
鳴門市大麻町桧字東山田55−2
TEL(088)689-0099
FAX(088)689-0909
第11号

「ドイツ兵俘虜関係者からの寄贈資料展」開催
 
 前回の姉妹都市リューネブルクでの「第1回ベートーヴェン『第九』里帰り公演」に続きまして、2003年6月に、同じニーダーザクセン州のブラウンシュヴァイクで「第2回」の公演が行われました。この催しには前回と同じく、ドイツ兵俘虜の関係者40名が招待されました。
 前もってお願いしてあったこともあり、今回はかなりのご家族から貴重な遺品をご寄贈いただきました。関係者もしだいにお年を召され、父や祖父の遺品が今後どのように扱われていくのかという不安から、ドイツ館にご寄託くださった方も多いようです。
 これらの品々を中心に、12月初めから1月末まで特別展を開催しました。ことにコピーしかなかった『板東におけるわれわれの体操』(エリカ・ヴルコップ(オスカー・マイの娘)さん寄贈)と『俘虜生活からのまじめで陽気な詩』(ウルズラ・ウルリッヒ(アルフォンス・レッチェルトの娘)さん寄贈)の原本や、これまで手に入らなかったたくさんの写真が載っているエドムント・ギュンシュマンと、ヨハン・ディートリッヒ・クロップの2冊のアルバムなどが目を引きます。ギュンシュマンのアルバムは、息子さんの妻のユッタ・ギュンシュマンさんが贈ってくださったもので、南洋諸島の原住民や青島の要塞の様子、徳島カトリック伝道教会や板東の「下の池」での釣り風景などをパネルにしました。またクロップのアルバムは、娘のルイゼ・ヴァルネッケ=ハルトゥングさんとエンネ・ヘセさんがご寄贈くださいました。大分と習志野の生活をまとめたもので、別府の温泉見学の様子や習志野の雪景色など珍しい写真を紹介しました。  
 そのほか1914年12月7日に、浅草本願寺での日独戦没者追悼法要の際に撒かれた「散華」のコピー写真(ゲルハルトおよびロルフ・バルシュミーデ(カルル・バルシュミーデの息子)さん寄贈)、軍隊手帳と手書きの絵葉書(ヴァルトルート・ツィンマーマン(クルト・ツィンマーマンの息子の妻)さん寄贈)、日本側が発行した青島への「渡航許可証」の原物(ウルズラ・ウルリッヒさん寄贈)や、「MAK(膠州海軍砲兵大隊)」の文字が記されている水平帽のリボン(ユッタ・ギュンシュマンさん寄贈)などもあり、見る人を楽しませてくれました。
 ご覧になった方の「感想」でも、大分の方が自分の町の知らなかった側面にふれられたと喜んでおられたり、ことに板に描いた「絵葉書」の色鮮やかさが好評でした。貴重な品々をご寄贈下さった方々に、あらためて感謝したいと思います。
 なお最後の「イエキッシュさんコーナー」は、フィラテリスト(郵便切手などの収集家)として有名なイエキッシュさんがお持ちの資料から、本館にないプログラムなどをコピーさせていただいたものです。ここには、ヴュルツブルクのシーボルト博物館でコピーしたきれいなプログラムも加えました。
 

 
 
 ドイツ館での「日本における ドイツ年 2005/2006」

 本年4月から来年3月までの1年間、「日本におけるドイツ年」をテーマに、ドイツの魅力を伝える多彩な催しが開かれます。明治以降憲法作りや哲学・医学などの学問分野を中心に、ドイツはわが国の発展に大きく貢献してきました。しかし第2次大戦以降は、戦後の再建を担ってきたアメリカの影響が支配的となり、お医者さんのカルテも英語に代わるなど、大きく様変わりしました。
 こうした状況のもとで、ことに若者の「ドイツ像」をいかにして再構築するかが、今回の「ドイツ年」の柱となっています。さまざまな行事が企てられていますが、そのポイントは「文化」「経済」「科学」の3つの分野です。
 「文化」面では、「ミュンヘン・オペラ」「ベルリン歌劇場管弦楽団」の日本公演、「ベルリン博物館島」「ドレスデン国立美術館」の移動展などが企画されています。
 「経済」面では、ドイツの主な企業の見本市・展示会、デパートでの「ドイツ週間」などが、各地で開かれます。また「科学・技術」の面では日独の30年にわたる協力の成果を軸に、学術交流の促進も含む幅広い記念行事や展示会などが催されます。  こうした流れの中で、長い間ドイツとの友好を深めてきた鳴門市とドイツ館でも多彩なイベントを計画しています。さらに練らなければならない点も多いのですが、主な企画をあげておきます。



4月17日(日) 
  鳴門市の「日本におけるドイツ年」オープニング・セレモニー
 5月14日(土)―6月12日(日)
  「日本におけるドイツ年」ポスター展
 6月1日(水)―30日(木)
  現代ドイツ人作家による「グリム童話」のイラスト原画展
 6月5日(日)
  ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州首相来鳴
   ・ドイツ館にリニューアルする「ニーダーザクセン州展示コーナー」のオープニング・セレモニー
   ・ベート−ヴェン『第九』演奏会:なるべく多くの在日ドイツ人に合唱に加わってもらう
   ・シンポジウム「ドイツ人から見た日本における独日交流」:なるべく多くの在日ドイツ人に加わってもらう
 8月6日(土)―28日(日)
  ドイツ観光ポスター展
 9月1日(木)―19日(月)
  サッカー「世界の共通語」展
 10月1日(土)
  全国フォーラム:「ドイツ兵俘虜収容所」を考える一全国の研究者や関心のある人による徹底した討論
 10月8日(土)・9日(日)
  「あるとき、夢の国で ・・・」木版画ワークショップ:その前後に関連する展覧会も開催
 11月3日(木)―6日(日)
  ドイツ学術交流会:ドイツ人を中心とする「歴史教育」についての研修会
 12月1日(木)―1月15日(日)
  特別企画展「ハンゼンと徳島オーケストラ」(仮題)
 ・そのほか「ドイツワイン・ビール祭り」、「ドイツ音楽」関係のコンサートなどを予定しています。
 
「ドイツ年」のマスコットキャラクター「ディ・マウス」君
 次に、中心になる行事の内容を紹介しておきます。
1.在日ドイツ人参加の「『第九』演奏会」と「独日交流」シンポジウム
 ベートーヴェンの『第九』最終楽章の「歓喜の歌」は、2004年10月に調印された「欧州憲法」で、EUの国歌に決まりました。このようにこの曲はドイツで愛されてきたばかりでなく、国際的にも平和と友愛の象徴となっています。本市は『第九』の本邦初演の地として、毎年6月の第1日曜に全国の仲間にも呼びかけ、演奏会を重ねてきました。
 2005年は「日本におけるドイツ年」ですが、今年の演奏会にはニーダーザクセン州政府首相の訪問も予定されています。この記念すべき催しに、JETプログラム(語学指導と国際交流促進のための外国人青年招致事業)の国際交流員や企業関係者などの在日ドイツ人の方々に呼びかけ、国際平和と永遠の友愛の合唱を響かせていただき、本市市民や日本全国の『第九』愛好者と交流していただきたいと思います。
 同じ日の夕方、州首相を交え「ドイツ人から見た日本における独日交流のあり方」というシンポジウムが開かれます。ドイツ人が期待する、拡大EUの中での独日国際交流のあり方や、本市をはじめとする地方都市の独日交流の方向性等について、在日ドイツ人から自由に発言してもらい、将来への展望を開きたいと思います。

2.「グリム童話」原画展
 グリム兄弟の生涯と業績をパネルと写真で紹介するほか、グリム童話を題材とした、7人の現代イラスト画家のオリジナル作品40点を展示します。中には有名な絵本作家も含まれており、思いがけない出会いを楽しむことができるかもしれません。
 
(グールドン・バルテルス:「がちょう娘」)
(ヘルガ・ゲーベルト:「長い鼻」)
(ヤーノシュ:「勇敢な仕立屋さん」)
(学校で使われる壁絵:「シンデレラ」)
  
 3.全国フォーラム:「ドイツ兵俘虜収容所」を考える
 第1次世界大戦の余波としての青島での日独戦争は、4,700のドイツ兵に5年余りの俘虜生活を強いることになりました。当初収容所は東京から熊本までの12ヶ所に置かれましたが、1917年頃から6ヶ所に統合されています。名古屋と久留米は元の地域のままですので、延べ16ヶ所ということになりますが、各地でそれぞれについて研究が進められてきました。
 こうした流れの一つの転換点となったのは、丸亀の方々による「チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会」の「HP」の開設です。すでに120号を超える「メール会報」は大きな反響を呼び、国内のさまざまな交流の場としてばかりでなく、ドイツからも情報が寄せられるなど国際的広がりもみせています。また2003年秋には初の全国誌『青島戦ドイツ兵俘虜収容所研究』が刊行され、翌年の「第2号」では投稿者の数も増え、順調な発展をとげています。
 こうした気運をふまえ、「ドイツ年」の本年は日独交流の原点を探りさらにそれを深める試みとして、10月1日(土)に「鳴門市ドイツ館」で「全国フォーラム」を開きたいと思います。『徳島新報』など最近の新しい発見についての報告・講演と、シンポジウムなどを予定しています。シンポジウムのテーマとしては、研究者の間でかなりの食い違いのある当時のドイツ軍の「部隊名・階級名」などの検討が話題に上っていますが、ご提案がありましたら積極的にお寄せ下さい。
 なおフォーラム終了後、気の置けない「交流会」も予定しています。
 

  
木村元ドイツ大使来館

 昨年10月、香川日独協会の招きで四国に来られた木村元ドイツ大使が、高松に行かれる前にドイツ館をお訪ね下さいました。強い印象をお持ちいただけたようで、ご案内下さった香川日独協会の中村会長にご報告をお願いしました。なお木村さんは現在、「ドイツ年」の実質上の責任者を勤めておられる方です。
 
木村敬三元ドイツ大使とのご縁から

香川日独協会会長 中村 敏子

 昨秋香川日独協会では、ドイツ週間の行事に木村敬三 元ドイツ大使をお招きしました。木村ご夫妻は徳島空港 へ到着後、すぐにその足で収容所跡地と慰霊碑におもむき、しばし感慨深く田村館長の説明に耳を傾けられ、苔むしたドイツ橋にも感嘆しきりの様子でした。
 次いでドイツ館を訪問されたご夫妻は、別荘を持った俘虜たちの生活には驚きの声をあげ、また彼らが発行した新聞にもことのほか興味を持たれました。
 長い外交官生活の中で旧東西ドイツが主な任地であったことから、「日独関係を考える」の演題で講演をお願いしましたが、本題に入る前に、ドイツ館のことを熱っぽく語り始めました。「第一次大戦当時の四国の方々が、俘虜である彼らを暖かく遇してきたことがわかり、日独親善を願う者の一人として大変うれしく感じました。ドイツとの親善の宝物であり大いなる遺産であって、ドイツ人が来ると喜ぶでしょう。私も東京へ帰ったら、ドイツ大使その他に是非行くように伝えましょう」と。
 そのお勧めもあってか、先日ドイツ大使館の若い一等書記官夫妻がドイツ館を訪れました。四国旅行を申し出た彼らを、迷わずこちらにご案内しましたが、たいへん喜ばれ、その後四国霊場も巡って満足して帰られました。
 
退任のあいさつ

 もう半年にもなりますが、2001年8月から「国際交流員」としてドイツ館で活躍していましたローランド・シュルツさんが3年の任期を終えて帰国されました。遅くなりましたが、「ごあいさつ」が届きましたので紹介します。
 
鳴門市国際交流員としての3年間

ローランド・シュルツ

 鳴門市の国際交流員として私が鳴門市ドイツ館で働いた3年間は、昨年の8月初めで終わりました。この3年間を振り返ってみますと、貴重な経験がたくさんありました。毎日、ドイツ館の事務所で日本人のスタッフとともに働き、日本の文化や日本人の考え方について勉強しました。また私もドイツ館の同僚に、すこしはドイツの文化を理解させることができたと思います。  私の主な仕事は、ドイツの姉妹都市であるリューネブルクとの国際交流にかかわる文書作りや、通訳などでした。こうした仕事を通して私は、音楽や芸術、スポーツなどで名を知られている人とも会うことができました。一生忘れられないハイライトは、ドイツのサッカー・ナショナルチームのフェラー監督(2002年のサッカーワールド杯のときに、鳴門市は「キャンプ場」として立候補しました)との出会いと、2003年にドイツで開催された「第2回『第九』里帰り公演」に参加したことでした。  またドイツ館での「ドイツ文化講座」や小・中学校訪問を通じて、鳴門市民や生徒たちと交流できたことも、とても楽しい経験でした。
 外国で生活をするのはふつう、そんなにかんたんなことではないと思います。しかしドイツ館のスタッフの親切さのお陰で、日本での生活は私にとって比較的楽だった。鳴門市とドイツ館からは、とてもいい思い出を持って帰ることができました。お世話になった皆さんに、心からお礼を申し上げます。皆さん、いつまでもお元気で!
 
これからの主な行事
(「日本におけるドイツ年」関係を除く)
2月10日(木)―3月21日(月)鳴門市美術協会新春作品展
3月27日(日) ドイツのイースター祭り:宝さがしほか
4月1日(金)―29日(金) お花の工芸展
5月3日(火)・4日(水) ドイツワイン祭り
5月25日(水) ドイツ歌曲コンサート(マリアンネ・クロル、頃安利秀)
6月4日(土) ドイツワインの夕べ
7月9日(土)か10日(日) ドイツリート・リサイタル(野本立人)
 
  編集後記

 今回は12月から1月に開かれた俘虜関係者からの「寄贈資料展」と、4月から始まる「日本におけるドイツ年」への鳴門市とドイツ館の取り組みの紹介を中心にしました。この間、「板東俘虜収容所」を舞台とする映画作りが企画されたり、「道の駅」の工事も始まるなど、ドイツ館周辺も慌ただしくなってきました。次号では、より具体的なご報告ができそうです。   木村元ドイツ大使の来館の様子や退任の挨拶をお寄せ下さった、中村さんとシュルツさんにお礼を申し上げます。